道(どう・とう・みち・おさむ・おさめ・じ・ち・つな・つね・なおし・ね・のり・まさ・ゆき・より・わたる)


(どう・とう・みち・おさむ・おさめ・じ・ち・つな・つね・なおし・ね・のり・まさ・ゆき・より・わたる)

michi – dou, tou, osamu, osame, ji, chi, tsuna, tsune, naoshi, ne, nori, masa, yuki, yori, wataru


みち。通路。
人を一定の方向に導くもの。モラルや信仰上の教え。
老子・荘子を祖とする思想や教え。
専門を究めて一派を立てた技芸。
言う。述べる。
仏教で、衆生が輪廻転生する世界。
北海道の略。



漢字の成り立ちは、交差する道と足(行)と首。解釈は、首を向けて進む方向、また敵の首をブラさげて凱旋する様子、あるいは髑髏を埋めて清められた道をあらわすなど、諸説あります。

みちをあらわす字にはほかにも「路、途、径」などいくつかあります。漢字の成り立ちから想像するにそれぞれ微妙な違いがあるようですが、「道」は漢字が生まれた中国では哲学的、宗教的な意味合いで使われることもありちょっと別格な印象。単に物理的な通路をあらわすだけの字ではないようです。Wikipediaによると、中国哲学における道とは「人や物が通るべきところであり、宇宙自然の普遍的法則や根元的実在、道徳的な規範、美や真実の根元などを広く意味する言葉」とあります。老子曰く「道とは名付けることのできないものであり(仮に道と名付けているに過ぎない)、礼や義などを超越した真理」とのこと。

漢字の成り立ちにおける「首」の意味について、名付けには向かない不気味な字だという意見もあるようです。表層的に髑髏が埋められているシーンを想像すると確かにそうなのかもしれませんが、古代の習俗に込められた意味まで掘り下げて解釈すると、当時の人々の願いや祈りが見えてきます。
なかなか味わい深い字ですね。