咄(とつ)禅語 禅書 書道作品


とつ


最近、誰かに叱られましたか?
社会人になると、よっぽど仕事でヘマでもしない限りそんな機会はほとんどないですよね。
叱られなくても自分自身で律し、責任を持つのが社会人。
むしろ、部下や後輩や子供を持つと、今度は叱る側です。

叱るのにはパワーが要りますね。
これは叱る側になってみてはじめて気づきました。

怒りをそのままぶつけるのはカンタンです。湧き上がる感情に身を任せればいいんですから。
むしろ我慢するほうがむずかしい。
でもそれは「叱る」ではなく「怒る」です。
部下や後輩、あるいは子供の間違った考えや言動を見た時に叱るのは、相手の今後のことを思っての行動です。自己の感情を吐き出す「怒り」と決定的に違うところ。

社会人になってから今まで、本気で叱ってくれた先輩がボクには二人いました。
本当に粗忽で生意気な若造だったので、この先輩方がいなければ今頃は…と思うとゾッとします。


閑話休題。「咄」とは、叱る時に発する、「こら!」的な言葉です。

今はフラットな仲間たちと仕事をしているので部下を叱る機会はなくなりましたが、年年歳歳、後輩は増えるばかり。そんな後輩たちが間違った方向に進もうとしていたら、ちゃんと時間とパワーを使って叱ろうと常々心に決めています。
いいものをもらったら倍にしてお裾分けを。
ボクをちゃんと叱ってくれた先輩への恩返しです。


禅のことば – 039 / 365

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