二龍争珠(にりゅうそうじゅ)禅語 禅書 書道作品


二龍争珠

にりゅうたまをあらそう


高校、大学時代は同級生がいいライバルでした。仲が良かったので遊ぶのもバイトをするのも一緒。バイトをすればどっちが早く時給が上がるかを競い、仕事が終わって飲みに行けば酒の強さを競い、二次会でカラオケに行けばカラオケの得点を競い、最後はどっちが女にモテるかを議論しながら酔っぱらって寝落ちするという、なんとも低いレベルの争いでしたが。

会社を経営するようになってからは個人戦から団体戦になりましたが、やっぱりシェアが拮抗している企業を勝手に仮想ライバルとしてロックオンしていました。汗をかいて戦ってくれてたのは現場のみんなでしたが、ボクも経営者として競合が真似できない戦略を、営業面えでは、広報面では、採用面では… とあれこれ考えては試行錯誤するのが好きでした。

書家を名乗って入る現在も、ココロの中でロックオンしているライバルはやっぱり存在します。でもこれは書くとすごくカッコつけたハナシになってしまいそうなので割愛します。

閑話休題。

少し前、運動会のかけっこに順位をつけない学校が増えて賛否両論話題になっていましたが、今はどうなっているんですかね。
仮に小学校の徒競走から「競争」がなくなったとしても、やっぱりボクたちが生きている世界は競争社会だとおもいます。メディアを見れば新聞も雑誌もテレビも、そしてインターネットメディアも何かといえばランキングだらけ。音楽や書籍の売上も、映画の興行収入も、飲食店の人気も都道府県別の死亡率も、大学別の就職率も、高額納税者の資産額も、SNSのフォロワー数も。どんな仕事をしていても、評価され、比較される対象がもしあるならば、やっぱり競争と無縁とは言えないんじゃないですかね。
仮に競争格差のない平等な社会の実現をマニフェストにして政治の世界を目指す人がいたとしても、選挙という得票数のランキングで上位に入らなければその権利すら与えられないのがボクたちの社会です。

「二龍争珠」、または「双龍争珠」とは、非常に高いレベルにある両雄がライバルとして拮抗している姿を賛美することば。

なかなかそうカッコよく頂点を争うようなステージには上がれるもんじゃありませんが、だからって言い訳をしながら競争から逃げることだけはしたくないなと、そんなことをおもいながら真夜中に書きました。


禅のことば – 027 / 365

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