失錢遭罪(しっせんそうざい)禅語 禅書 書道作品


失銭遭罪

しっせんそうざい


失銭遭罪とは、「金銭を失い、さらにそのことを罪に問われる」という踏んだり蹴ったりな状態をあらわす禅語です。仏道的にはそういう境遇にあっても捨身の精神を忘れるなという教えでしょうか。この言葉には、さらに一歩踏み込んで「自分自身を失うことの罪深さを戒めている」という解釈もあり、ボクはこちらの解釈のほうが好きです。

自分自身を失わない生き方をしろと言われてもなかなか難しいですが、心理学者のアドラーによるとその第一歩は、「嫌われることを恐れない勇気を持ち、承認欲求を捨てること」だそうです。いわく、「承認されることを願うあまり、他者が抱いた『こんな人であってほしい』という期待をなぞって生きていくことになる。つまり、ほんとうの自分を捨てて、他者の人生を生きることになる」と。

なるほど。じゃまずは、SNSの「いいね」の数なんて気にしないというところから始めてみるとかいいんじゃないでしょうか。


禅のことば – 061 / 365

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