鷂子過新羅(ようすしんらにすぐ)禅語 禅書 書道作品


鷂子過新羅

ようすしんらにすぐ


チャンスは訪れる時にチャンスの顔をしていないことが多く、一見すると貧乏クジに見えてしまったり。

大阪で飲食店の企画や立ち上げを仕事にしていた20代のころ、依頼される仕事を断らずにすべて受けると決意した時期がありました。何を思ってそんなことを決めたのかもう記憶が定かではありませんが、まぁたぶん誰かとしゃべっていてその場のノリで決めたとか、そんなつまらないキッカケだったと思います。

得意なジャンルの仕事に混じって、苦手な領域の仕事や難易度の高い仕事の依頼もたまにやってきます。ふだんなら断るそんな仕事もその時期に限っては断らないと決めていたので、必死に勉強しながらどうにかこうにかギリギリで納品するという罰ゲーム的な日々の繰り返し。なんだかんだそんな日々が数年続きました。今から思うと当時のクライアントにとっては迷惑をかけてしまったなと反省しつつも、その時期にムリヤリ習得した仕事のスキルがなかったら今の人生がないのは間違いありません。


閑話休題。鷂子過新羅とは、「すれ違ったハヤブサはもう新羅まで飛んでいってしまったよ」という意味の禅語。好機を逃してしまうことの愚かさをあらわしたことばです。

もちろん、チャンスだからって何が何でもモノにしなくちゃいけないというものではないし、ボクみたいにクライアントを巻き込んで無理矢理チャンスにするのもどうかと思います。
でも、もし現状に悶々としているのなら、騙されたと思って一度だけ目の前の貧乏くじをひいてみてください。チャンスをモノにすると、きっと次にはまた以前とはレベルの違う新しいチャンスがやって来ますよ。


禅のことば – 062 / 365

毎日一語、趣きのある禅語をえらんで書にしています。
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