廓然無聖 かくねんむしょう 禅書 禅語 書道作品


廓然無聖

かくねんむしょう


禅宗を中国に広めた達磨大師が、中国の武帝に問答の中で語った言葉のひとつ。これは以前、「 無功徳 」を書いた際に紹介した逸話です。「これまで仏教のために財を費やし寺院をいっぱい作ってきた私にはどんな功徳があるでしょうか?」と問う中国の武帝に、達磨大師はひとこと「そんなもんあるかい」と。さらに、「それならば仏教の大切な真理とは何か?」と問う武帝に、達磨大師は「廓然無聖」と答えます。

その意は、「真理を求める悟りの境地にすらこだわらない、カラッとしたおおらかな心であること」だとか。深いのか浅いのか、なんとも漠とした捉えようのない言葉ですが、師の教えに従うなら、この言葉の真意にすらこだわらずおおらかであれということでしょう。

今年は年末にかけて、つまらないこだわりをいくつか断捨離してみようかなと思う、そんな今日このごろです。


禅のことば – 128 / 365

毎日一語、趣きのある禅語をえらんで書にしています。
Facebookで日々公開していますのでもしご興味があれば。