浄裸裸、赤灑灑(じょうらら、しゃくしゃしゃ)禅語 禅書 書道作品

浄裸裸、赤灑灑

じょうらら、しゃくしゃしゃ


雨が降ると、街のホコリや空気中のチリをザーっと洗い流してもらったようないい気分になります。なんなら自分も全裸になって一緒に雨に打たれたいくらいの。やりませんけどね。

生まれ子がしだいしだいに知恵づきて 仏に遠くなるぞ悲しき
一休宗純


浄裸裸、赤灑灑とは、一糸まとわぬすっぱだかで、きれいさっぱり洗い流したように汚れがない様子。一休さんは、生まれたばかりの汚れない赤ちゃんが、だんだんオトナになるにつれて知恵をつけて悟りの境地から遠のいてしまうと詠みました。

さすがに今の世の中、赤ちゃんのように「浄裸裸、赤灑灑」なありのままの自分自身でいるとゴハンが食べられませんが、たまには心を空にしてみるのもいいのかもしれませんね。今風に言うとデトックス。ちなみにボクは、月に二度ほど深酒をしてココロもアタマも空っぽにしています。


禅のことば – 018 / 365

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