一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)禅語 禅書 書道作品


一切唯心造

いっさいゆいしんぞう


先日、とある他愛もない飲みの席で年収のハナシになりました。

メンバーはみな30代なかばですが、仕事は起業した社長とサラリーマンにフリーランスとさまざま。仕事抜きで出会ったざっくばらんな仲間なので、お互いの年収までは知りません。「多くは望まない」と言う者もいれば、「もっと稼ぎたい」と言う者もありと、まぁよくある世間話なわけですが、「もっと欲しい」って言う人ほど稼いでいたりするわけです。

よく仕事の相談に乗るボクはみんなのおおよその年収を知っていて、この時のメンバーだと年収で300万円から2,000万くらいの幅がありました。300万円で満足する者もいれば、2,000万円でも足りない者もいて、どっちがいいのかなんてことはともかく、そんなメンバーが串揚げを食べながらおなじ480円のハイボールを飲んでいるのがとても面白いわけで。


一切唯心造とは、「すべての事象は、あなたの心が造り出している」という意の禅語。繰り返し公案に登場する禅の大きなテーマのひとつです。有無、得失、善悪、美醜、愛憎。またそこから生まれる悩みや妬み、いさかいごとはすべて心が生み出すものだと禅道では教えます。

冒頭の年収トーク、最後は年収2,000万の彼が300万の彼に「向上心が足りない!」とお説教し始めたところで話題を変えましたが、今の年収を多いと思うか少ないと思うかだけじゃなく、「向上心の有無」や「どっちがいい悪い」の価値観もすべて個々の心が作り出す相対的な尺度でしかありません。ならば心の持ちようで実は簡単に生き方って変えられるのかもしれないなぁと、そんなことを思いながら過ごす夏の夜でした。


禅のことば – 101 / 365

毎日一語、趣きのある禅語をえらんで書にしています。
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