花火(はなび)


はなび(花火)
HANABI
fireworks


最初に観賞用の花火を作ったのは中国なんだそうです。その歴史は古く、狼煙(のろし)に使った黒色火薬にはじまり、武器としての爆竹やロケット花火的なものが作られるようになった後、観賞用の花火へと進化。武器と花火の境界があいまいで詳しくはわからないようですが、6世紀頃にはあったのではないかと言われているようです。

日本の文献に登場するのは1447年。浄華院というお寺の境内で、中国からやってきた唐人が火で花や水車の形を表現する風流事「火術」を行ったと書かれていて、おそらくそれが花火の原型のようなものだろうとのこと。

日本に花火屋さんがあらわれ、みんなが花火を一般的に楽しむようになるのは江戸時代に入ってから。大和国篠原村、今の奈良県吉野郡から江戸に上がってきた弥兵術という人が両国に「鍵屋」という花火屋をひらいたのが1659年。のちに鍵屋の職人だった清七が独立し、この鍵屋の向かいに「玉屋」という看板を掲げることになるんですが、みなさんもご存知の通り、今でも掛け声に残っている「たまや、かぎや」はこの両店の屋号。それまで中国語で「烟花、烟火」と呼ばれていたものが「花火」と呼ばれ始めたのもその頃からだったようです。

派手な手持ち花火や打ち上げ花火もいいですが、線香花火も風情があっていいですね。わらに直接火薬をつけ、火鉢などに立てて楽しんだ「スボ手牡丹」は鍵屋が、和紙でくるんだ手持ちの「長手牡丹」は玉屋がそれぞれ作ったと言われているとか。

今回は線香花火のイメージで書いてみました。


大和ことば – 058 / 365

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