道具(どうぐ)禅語 禅書 書道作品


道具

どうぐ


昭和の子どもたちがみな「あったらいいなぁ」とあこがれた「ドラえもんの道具」がどんどん実現化されています。「自動掃除機」はもう珍しくないし、「糸なし糸電話」は日本ではすでに100%以上の普及率。「立体コピー紙」的なものとして3Dプリンターが登場し、「翻訳コンニャク」も、翻訳アプリの音声認識機能の精度さえアップすれば実現は目の前。まるでドラえもんが未来を予言していたかのように。

そんな便利な道具がつぎつぎに登場するのに比例して伸びてきたもののひとつに電力需要があります。増え続ける電力需要にちいさな島国ニッポンが困っているときに、これまた便利な「原子力発電」という「道具」が開発されました。この「道具」によってさらに便利な道具たちの生産と消費が加速し、経済も拡大しました。

そんな道具に人類がはじめて殺されそうになったのが、1986年4月26日。チェルノブイリの原発事故です。それでも日本人は「わが国の安全基準は大丈夫」と信じて使い続け、2011年3月11日の震災を契機にあっさりと裏切られます。「収束した」と発表したきり何も具体的な言及をしない政府を盲目的に信じ、もしかしたらジワジワとゆるやかに殺されているのかもしれないという不安だけは拭い切れないまま、それでも他の地域の原発を止めようとはしていません。

果たして「あったら便利だから」という理由だけでリスクを冒してまで使い続けるべきか否か。漫画「ドラえもん」では、ドラえもんの便利道具に甘え続けていたのび太が、やがて自分自身の意志と力で未来を切り拓くしか道はないと悟り、ドラえもんと決別するラストシーンを迎えます。もし仮に「ドラえもん」が未来を予言していたなら、われわれのラストシーンもそうであってほしいと切に願います。


閑話休題。今でも普通に使う「道具」ということば、禅語が語源なんだそうです。
本来の意味は「仏道を行うのに必要な具足」ということで、仏道具。

「道具」に殺されるようなバカな未来だけは選択しないようにと、きっとご先祖さまもそう思っていますよ。


禅のことば – 036 / 365

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