不惑 unshaken 論語 書道作品 japaneseart japanesecalligraphy


不惑

fuwaku : unshaken
017/365 : 2018/1/17


有名な孔子の論語に登場することばです。
孔子いわく、「四十にして惑わず」、四十歳で心に迷いがなくなったと。

その後はこう続きます。
人の言うことがすなおに理解できるようになったのが六十歳で、人の道を踏みはずさなくなったのが七十歳。よく考えてみたら遅くないですか。孔子のような頭のキレる人物がそんなことを「こうあるべき」と自慢するはずがない。きっとこの一節、こう言いたかったんじゃないですかね。「私のような師と仰がれる人間でも、こうなるまでにこんなに年月がかかってしまったよ」と。

であるならば、「四十にして惑わず」という語も、「四十にもなってブレブレでは情けないぞ」というお説教ではなくて、「不惑なんてそうカンタンになれるもんじゃないよ、のんびり行きなさい」という励ましとして読んだほうが正しいんじゃないかなと。そんな風に思います。

ちなみに私は五十を目前にしていまだに惑うことばかり。
むしろ、人生を終えるまで惑うことを楽しんで生きていくんじゃないかなと、そんな予感がしています。

あ、もしかしてこれが天命を理解したということですかね、孔子さん。違うか。


吾十有五而志于学
三十而立
四十而不惑
五十而知天命
六十而耳順
七十而従心所欲、不踰矩

私は十五歳で学問をこころざした。
三十歳で自立できるようになった。
四十歳で心に迷いがなくなった。
五十歳で天が自分に与えた使命を自覚した。
六十歳で人の言うことがすなおに理解できるようになった。
七十歳で自分のしたいと思うことを思うままやっても人の道を踏みはずすことがなくなった。

… 孔子「論語」より