手 hand 言葉 書道作品 japaneseart japanesecalligraphy


te : hand
011/365 : 2018/1/11


こどものころから、絵を描いたり折り紙を折ったり、厚紙で何かを工作したりと、自分の手で何かを作ることが大好きでした。学校の授業中にせっせと書いていたノートも、今から思えば、学問を修得するためというよりはいかにキレイに書くかというところにモチベーションがあったような気がします。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもんですね。やってることもモチベーションも、今でもまったく変わっていません。

そんなボクも、30代の10年間、IT企業の経営という仕事を通じてどっぷりとデジタルな世界でメシを食っていた時期がありました。やりがいもあり、たくさんの仲間にも恵まれ、人生年表的にはこれまででもっとも充実した濃い10年間でしたが、いつもどこかで何かが欠けているような感覚を払拭できず、無理をしながらIT社長を演じていたような。当時は気づきませんでしたが、いま振り返るとそんな気がしています。もの足りなさの原因は、自分の手で何かを作っているという実感が欠けていたからかもしれません。

作ったことによって何を手に入れるかよりも、自分自身の手で作ることに意味があるという。当時の仲間たち、社員たちには申し訳なくて大きな声では言えませんが、つくづく経営者には向かないタイプだなと。

何かひと仕事したあとに、石鹸でゴシゴシと洗いたいんですよね。手を。
昭和生まれの小二病です。


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